KW「横領事件」と聞くと、かなり大規模な事件で自分の会社には関係がないと感じてしまう経営者の方も多いでしょう。
しかし、実際には警察庁の統計によると、毎年検挙される横領事件の総数は1000件前後で、かなりの横領事件が世の中で発生していることがわかります。さらに、企業における横領は刑事事件にすることなく当事者同士が示談して解決している場合も多いため、実際の横領事件の発生件数はさらに多いことが推定できます。
つまり、大企業、中小企業、ベンチャー企業に関係なく、どこの会社でも横領事件は起こりうる可能性があるということです。
では、従業員が会社の財産を横領しているかもしれないという疑惑が上がってきたら、どのように対応したらよいのでしょうか。横領した従業員に対して追及できる責任はどのようなものがあるのでしょう。
今回は、従業員が横領した場合の対処法や損害賠償請求する際に知っておくべきポイント、そしてより確実に損害賠償請求を進めるための手順について詳しく解説していきます。
横領をした従業員に対して会社ができる責任追及
まず、横領した従業員に対して会社としてどのような対処ができるかを見ていきましょう。横領の事実が明らかで、証拠もそろっているという前提になりますが、会社としては
✓損害賠償請求
✓刑事告訴
✓懲戒処分
の3つの対応をすることができます。
それぞれについて詳しく見ていきましょう。
民事上の責任追及|損害賠償請求
1つ目は損害賠償請求です。民事上の責任追及ということですね。具体的には、横領されたお金の支払いや、物品の返還、物品が存在しない場合はその物品の金額の賠償金を求めることになります。
たとえば従業員が会社の売り上げ金500万円を横領した場合は、損害賠償として500万円を請求することができます。
ただし、多くの場合、横領の事実が発覚するのは横領の不正行為が行われてから時間が経っているため、従業員が既に横領したお金を使い切っている可能性が高いです。そして、他の金銭的価値のある資産を持っておらず、賠償するためのお金を持ち合わせていないことも多々あります。
横領した従業員に賠償できる資産がない場合は、和解手続の中で分割払いの取決めをして、少しずつ横領された金額を回収していくことが現実的な解決となるでしょう。
支払う資産がない場合、給料からの天引きや退職金の減額などの方法もなくはありませんが、注意点がありますので、次の章で詳しくお伝えしていきます。
刑事上の責任追及|刑事告訴
従業員が横領した場合の対応として、刑事上の責任追及、つまり刑事告訴をするという方法もあります。
企業における横領の典型例は業務上横領罪で、認められた場合は10年以下の懲役が科せられます。他にも行為態様によっては詐欺罪、私文書偽造等罪、背任罪などにも該当する場合があります。
刑事告訴の方法は、警察または検察に対して告訴し、横領行為の内容や被害額などを具体的に説明した告訴状などの書面を出すことで行うのが良いでしょう。
刑事告訴をするメリットには、損害賠償請求が成功しやすくなるという点が挙げられます。横領した従業員と会社との間で示談が成立すれば、横領を行った従業員に対して科される刑事罰の重さが軽くなるため、従業員側から賠償の申し出がされる可能性があります。
横領した従業員が会社に賠償金を支払って示談が成立すれば、執行猶予が付いて刑務所に服役しなくて済むようになったり、刑務所に服役する期間が短くなったりするのです。
他にも、刑事告訴をすることで、他の従業員に対して会社の毅然とした対応を示すことができ、社内秩序を維持する効果もメリットとして挙げられるでしょう。横領事件に対して会社が毅然とした対応をとるのだという姿勢を示すことで、今後同じような不正行為の再発防止につなげることができます。
ただし、一方で、逮捕・起訴されることで横領事件として広く世の中に知られる可能性が高く、今の時代はSNSでも広まりやすいため、会社として対応が大変になってしまうというリスクも頭に入れておきましょう。
企業内での責任追及|懲戒処分
企業が定める就業規則にそって懲戒処分を行うという対応もあります。
横領に対する主な懲戒処分は、懲戒解雇が考えられるでしょう。つまり、横領した従業員をクビにするということです。
懲戒解雇とは別に、病気や能力不足を理由に解雇する場合は普通解雇と言いますが、懲戒解雇は一種の制裁罰として行う解雇なので、「30日前の解雇予告や解雇予告手当の支払いが不要な場合がある」「退職金が減額になったり不支給になったりする場合がある」などの特徴があります。
ただし、厄介なのは「横領したのだから、即刻、懲戒解雇ができる」というわけではないという点です。上記のように、懲戒解雇は突然会社をクビになるということなので、従業員からしてみればかなりの経済的、精神的なダメージを受けることになります。
そして、解雇権濫用法理や、懲戒権濫用法理などの労働者を保護するための規定や判例法理が確立されているため、たとえ横領をした従業員であっても法律で守られているのです。
そのため、横領を理由に懲戒解雇をしたとしても、後になって裁判で不当な解雇と判断されて無効と評価されるリスクがあります。仮に従業員を解雇して、それが後から無効とされた場合、解雇しなければ支払うはずだった給料の支払いが命じられ、会社として非常に大きな代償を払わされることになりかねません。
そのため、懲戒解雇を考えている場合は、慎重に検討を進めていく必要があるのです。
横領した従業員への損害賠償請求について知っておくべきポイント
横領した従業員に対して会社が取れる3つの対応についてご説明しましたが、やはり会社として気になるのは、「横領されたお金を取り戻すことはできるのか?」「横領されたお金を取り戻すためにはどうすればいいのか?」ということでしょう。
そこで、この章では、お金を取り戻すための対応としての損害賠償請求について、知っておくべきポイントをまとめていきます。
損害賠償金額は横領金額と同額のケースがほとんど
損害賠償請求を行う場合は、横領された金額と同額になるケースがほとんどです。
横領された被害金額に加えて慰謝料を請求することも理論上は可能ですが、横領する従業員の多くは経済的な余裕がないため、プラスで慰謝料まで支払うことができないことがほとんどです。
そのため、実際の損害賠償請求の事例では被害金額のみを請求することが多い傾向です。
なお、それでも支払いが難しい場合などは、分割払いも検討することが重要です。
給料の天引きは可能?
損害賠償請求をしても、横領した金額があまりに高額な場合や、横領の不正行為から発覚までに時間がかかってしまい、お金を使い切ってしまった場合など、一括での賠償ができないケースも多いです。
そのときに思い浮かぶのは「横領した従業員の給料と相殺できないか?」ということだと思います。
しかし、給料は法律上全額を支払うものとされています。給料は従業員の生活の基盤となるもので、確実に全額を受領させて従業員の経済生活を脅かすことのないようにすべきであるという考えが法律の背景にあるため、給料から天引きするのはかなり危険な対応と言えます。
もちろん、この原則にも例外はあって、従業員の同意を得ていれば、給料と損害賠償請求権とを相殺してよいことにはなっていますが、ここでいう「同意」がかなり厄介な問題となります。
従業員が、自由意思に基づいて、会社から脅されたり強制されたりせず自分で望んで給料と相殺することに応じていることを証明できなければ、「同意」とはみなされず、給料との相殺が認められないことが多いのです。
同様に、退職金を減額して賠償金に充てようという考え方も慎重に検討すべきです。退職金を減額するためには、横領行為が従業員のこれまでの過去の功労を減殺してしまうほどの重大な行為であることを証明しなければならない上に、従業員の同意も必要になります。
そのため、退職金を減額して賠償金にあてることも簡単にはできないので注意しましょう。
損害賠償請求の前に身元保証人や財産の調査をすべき
横領した従業員に損害賠償請求する前に、身元保証人や本人の財産について調査をしておくことが大切です。
身元保証人については、従業員が入社する時に提出している身元保証書を確認すればわかります。身元保証書があれば、仮に横領した本人に支払い能力が無くても身元保証人に損害賠償請求をすることができます。
それと同時に、本人の財産調査も進めていきましょう。差し押さえることができる不動産があるかどうか、生命保険契約があるかどうかを確認します。差し押える際は、銀行口座や生命保険会社名などが重要となりますので、専門の調査会社に依頼してできる限り詳細を把握しておくと良いでしょう。
損害賠償請求には時効がある
損害賠償請求には時効があることも頭に入れておかなければなりません。損害賠償請求の時効は横領の事実を知ったときから3年と定められています。
損害賠償請求をする際に内容証明郵便を送るという手続きを行うことで、この時効が成立するのを阻止することができます。
しかし、焦らずより確実に損害賠償請求の手続きを進めるためには、早期対応をすることが重要となることは間違いありません。
従業員の横領疑惑が出てから損害賠償請求するまでの流れ
では、ここから横領した従業員に対して損害賠償請求を行う際の具体的な流れについて解説していきます。
身元保証書があるかの確認
横領疑惑が出てきたら、まず、身元保証書があるかどうかを確認します。従業員が横領した金額が多額の場合、従業員本人だけでは賠償できないケースも多くあります。そのような場合、身元保証書があり、身元保証人にも請求することができれば、より確実に被害額を回収できることができるのです。
また、身元保証書があることを確認できたら、同時にその期間が過ぎていないかも確認しましょう。
身元保証書の期間については、身元保証人の負担が大きくなりすぎないようにという配慮から、法律上3年という期限が定められています。身元保証書は自動更新ができませんので、期限が切れている場合は、新しく身元保証書を取り直しているかどうかをチェックしてください。
横領の事実関係の調査
横領疑惑が浮上すると、パニックになってすぐに本人に確認しようとしたり、損害賠償請求の手続きを始めようとしたりする経営者の方も多いのですが、それらの対応はまだ先です。
まずは、事実関係の調査を行ってください。「本当に横領をしたのか」「いつから不正行為が行われていたのか」「ほかに誰が関わっているのか」「横領した金額はいくらにのぼるのか」といった点を調査して確認しましょう。
これらの調査は、自社内の社員たちで行うという方法もありますが、調査そのものに慣れていないため、効率も悪いですし、すべての事実を明らかにするのはかなりの労力が必要になってしまいます。
さらに、横領した本人に調査していることが知られてしまうと、証拠隠滅を図られるリスクがあるため、できれば調査を専門にしている探偵事務所に依頼するのがお勧めです。
確実な証拠の確保
調査を行う際は、横領行為を裏付ける客観的な証拠を集めることがポイントです。
必要に応じて、同僚や取引先などの関係者からの聞き取りも行います。ただし、無計画に聞き取り調査を行うと、横領行為をした従業員とグルで調査していることが本人に知られて証拠を隠されてしまう可能性もありますので、人選や聞き取り調査の順序は慎重に検討しましょう。
こういった意味でも事実関係の調査や証拠集めはプロに依頼するのが安全と言えるのです。
なお、横領の証拠としては以下のものが効力があるとされています。
☆横領の証拠となるもの
✓領収書・請求書・見積書
金額が故意に上乗せされていることが証明できるもの
✓通帳記載
法人名義の口座から従業員個人の口座へ送金したことを証明できるもの
✓会計帳簿
内容が改ざんされていて、かつ従業員本人によって改ざんされたことが分かるもの
✓取引関係書類
会社の請負業務の報酬を横領したことが分かるもの
✓防犯カメラ映像
金品などを盗難しているところが録画されたもの
☆自宅待機命令が必要な場合も
横領の事実を示す証拠を集める際、横領が疑われる従業員に対して自宅待機命令が必要な場合もあります。
すでに従業員本人が自分に横領の疑いをかけられていると認識している場合は調査を開始する前に出来るだけ早く自宅待機命令を出しておくべきでしょう。
社内に自由に出入りできる状態にしてしまうと、調査で証拠を発見する前に証拠隠蔽を図られる恐れがあります。
横領疑惑のある従業員への聴取
証拠集めの調査がある程度目途が立ったら、次は横領をしたと疑われる従業員本人への聴取を行っていきます。本人への聴取では、横領の事実を認めさせることを第一の目標に行っていきましょう。
ここでのポイントは、事前に聴取について予告しないということです。「●日の●時から会議室に来てほしい」などと伝えてしまうと、警戒されて証拠を隠されたり、行方をくらましてしまったりする可能性があるからです。事前の予告なしに呼び出してそのまま聞き取りを始めてしまうのがよいでしょう。
なお、聴取の内容は後々証拠とする場合もありますので、必ず両者の言い分を全て記録してください。質問役と記録役の2人で行い、ボイスレコーダーで記録を取っておくと良いでしょう。
聴取で従業員に聞く内容は以下の項目が挙げられます。
☆聞き取りを行うべき項目
✓横領行為を認めるか
✓横領をし始めた時期
✓何を横領したのか、横領した金額はいくらか
✓どのような手段で横領したのか
✓他の従業員や取引先など誰が横領に関わっているのか
✓反省し謝罪する意思があるか
✓賠償する意思があるか
話し合いによる損害賠償請求を行う
損害賠償請求というと、裁判を起こすイメージがあるかと思いますが、本人が横領の事実を認め、返金する意思があるのであれば、本人との話し合いの中で横領したお金の返金について約束を交わすのが良いでしょう。
話し合いによって損害賠償についての詳細が決まったら、後々トラブルにならないように、従業員の署名押印のある支払い誓約書などの書面を用意しておくことが重要です。執行力を持たせるために、支払い誓約書は公正証書で作成すると安心です。
支払い誓約書の内容については以下の項目を明記しておくことが重要です。
☆支払い誓約書に書く内容
✓横領した事実を認める一文
✓横領した金額
✓横領した金額の返金を約束する内容
✓一括払いの場合は返金期日
✓分割払いの場合は分割払いの期日と回数
✓賠償方法(銀行振込、現金手渡しなど)
他にも、分割払いで決められた回数以上の連続した滞納があった場合に、残返金分を一括払いに変更する旨の文言を書く場合もあります。支払い誓約書について不安な場合は、弁護士など法律の専門家に相談しながら用意すると良いでしょう。
内容証明郵便での損害賠償請求を行う
従業員に損害賠償請求を行う場合、請求したことを明確にしておくために内容証明郵便を送付するという対応も検討しましょう。
また、すでに横領したと思われる従業員が退職している場合は、配達証明付き内容証明郵便を送ることで損害賠償請求を開始できます。
なお、内容証明郵便を送付することで、横領の被害額への損害賠償請求の時効が成立してしまうのを阻止する効果もありますので、従業員が返金する意思がないかどうかに関わらず、内容証明郵便の送付の対応は検討することをお勧めします。
損害賠償請求が難しい場合、法律のプロに相談する
横領の証拠がなかなかそろわない場合や、証拠があっても本人が認めようとしない場合、損害賠償請求はスムーズには進みません。
また、損害賠償請求を進めるために身元保証書の確認や、内容証明郵便の作成、誓約書の作成など、専門的な法律の知識が必要な場面も出てきます。
そのような場合は、法律のプロである弁護士に相談しながら損害賠償請求を進めていくという方法があります。プロに相談しながら対応を進めることで、ミスなく損害を賠償してもらうことができるでしょう。
まとめ
自分の会社の従業員が横領したかもしれないと発覚したら、誰でもパニックに陥ってしまうかと思いますが、大切なのは、まずは冷静になり、横領の証拠の確保や身元保証書の確認、従業員や身元保証人の財産の調査を行うことです。
その後、従業員に損害賠償請求を行っていきましょう。従業員が損害賠償に応じない場合や、甚大な被害が生じている場合は、刑事告訴も検討することも必要です。
何より重要なのは、横領の被害を取り戻すためには、適切な初期対応を行うことです。横領被害があることがわかったら、出来るだけ早く専門家に相談するようにしてください。