KW経営者にとって、信頼している社員が着服しているかもしれないと知ったときのショックは計り知れないものでしょう。
会社の大切な財産が社員によって盗み取られているのですから、金銭的な被害はもちろん、他の社員への影響も考えなければいけません。社員による着服が発覚した場合は、決してうやむやにしたりせず、すぐに適切な対応を取ることが大切です。
今回は、着服された金銭や物品を返還してもらうことは可能なのかどうか、そして返還請求を成功させるための正しい対応方法について解説していきます。また、社員による着服を未然に防ぐための仕組み作りについてもお伝えしていきますので、社内不正への対応にお困りの方はぜひ参考にしてみてください。
社員によって着服・横領された場合の対応ポイント|返還は可能?
社員による着服・横領が起きていることが発覚した際、経営者の方が一番気になるのが「着服・横領されたお金は戻ってくるのか?」ということではないでしょうか。
着服・横領されたお金を返還してもらうためには、正しい対応を取っていく必要があります。ここでは、社員による着服・横領が発覚した場合の対応のポイントを見ていきましょう。
まずは着服・横領の事実確認
「社員による着服が社内で起きているらしい・・・!」
という事実を耳にしたとき、焦ってすぐに社員を問い詰めたり、お金を返してもらうように要求したり、解雇しようとしたりする経営者の方がいらっしゃいますが、疑惑の段階で焦って動くのは辞めましょう。
まずすべきことは、事実関係の調査です。
本当に着服・横領をしたのか、犯人は誰なのか、他に協力者はいるのか、被害額はいくらなのか、という点をできるだけ正確に調査していきましょう。
事実関係の調査がしっかりとできていない状態で問題になっている社員を問い詰めたり解雇したりすると、逆に会社側が名誉毀損や不当解雇で訴えられてしまうリスクがあります。
また、被害金額がいくらなのかはっきりさせておかなければ、具体的に損害賠償請求することができなくなってしまいます。
まずは、着服・横領の事実が本当かどうか、そして被害金額はいくらなのかをはっきりさせるための調査を行いましょう。自社内ではそのような調査はなかなか難しいかと思いますので、企業調査を専門とする探偵に調査を依頼するのが安心ですね。
着服・横領の客観的な証拠を集める
着服・横領の事実確認と同時に、客観的な証拠集めも行いましょう。着服の事実を裏付けるものなので、会計帳簿や防犯カメラの映像などが有効です。
なお、着服が行われた状況によって集めるべき証拠も変わってきますので、証拠として有効かどうかの判断はプロに任せるのが良いでしょう。
たとえば、経費の過大請求の場合は提出された領収書の内容と実際の金額や内容を確認していかなければなりませんし、取引先と結託してキックバックを着服している場合は社員と取引先とのやり取りのログを証拠とすべきでしょう。社内の同僚や関係者からの聞き取り調査が必要になる場合もあります。
着服・横領の客観的な証拠は返還請求をする際はもちろん、刑事告訴や損害賠償請求、解雇する際にも重要になりますので、できるだけ早く、正確に集めておくことが何より大切です。
客観的な証拠を押さえておかないと、着服を行った社員が証拠隠滅を図る可能性もありますし、ほかの社員たちと口裏合わせを行う可能性もあります。証拠集めは問題解決の肝になりますので、プロに依頼して迅速に行うようにしてください。
身元保証書を書いてもらっているか確認する
続いては、身元保証書を書いてもらっていたかどうかを確認してください。社員に着服された金銭が多額になっている場合、その社員1人だけでは返しきれないケースも多いです。
そのような場合、身元保証人にも着服金額を請求することができれば、返還までのスピードを上げることができますし、より確実に回収することができます。
身元保証書を書いてもらっている場合は、その期限を過ぎていないかどうかも合わせてチェックしておきましょう。特に期間の記載がない場合は法律上3年とされていますし、5年以上の期間の記載があれば法律上5年の期限になります。
本人と身元保証人の財産調査を行う
身元保証書を書いてもらっていることが確認できたら、本人と身元保証人の財産調査を行いましょう。
話し合いによって着服した分の金額を問題なく返還してもらえればそれでいいのですが、話し合いに応じてもらえず返還に苦労するケースは少なくありません。その場合は返済請求について訴訟を起こすことになりますが、訴訟を起こして本人や身元保証人の財産に対し強制執行しても回収することが可能かどうかを調べておく必要があるのです。
財産は具体的には所有している不動産と生命保険についての調査を行うのが通常です。不動産があれば強制執行で競売にかけることができますし、生命保険に加入していれば強制解約で返戻金を得ることができますので、それらを着服されたお金に充てることができます。
話し合いによって返還請求をする
身元保証書の存在や財産調査が完了したら、いよいよ返還請求をします。いきなり法に頼る方法を取ってしまうと、かえって相手を身構えさせてしまい返還がスムーズにいかない場合がありますので、まずは話し合いによって返還請求を行いましょう。
返還請求の話し合いには、身元保証人にも立ち会ってもらうことが大切です。また、返還する際、1回ですべて支払いきってもらえることは稀で、分割払いになることが多いのですが、その場合はできるだけ初回に支払ってもらう金額を大きくすることがポイントです。
分割払いにして1回あたりの金額を少額に設定してしまうと、支払い期間が長期に渡ってしまい、しっかりと全額支払いきってもらえるかどうか不確実性が増してしまいます。そのため、できるだけ最初に大半を支払ってもらうように交渉したほうが無難です。
話し合いで応じてもらえなければ内容証明郵便を送る
話し合いでの返還請求に応じてもらえなかった場合は、内容証明郵便を送って支払いに応じてもらえるようにする方法があります。
内容証明郵便そのものには特段の法的効力はありませんが、相手に対しての意思表示の証拠として有用な場合もありますし、内容証明郵便を送付すること自体が、相手に心理的プレッシャーをかけることができます。
内容証明郵便を送る場合は、弁護士に相談して送る手配をするのが安心でしょう。
社員の着服が発覚したら返還請求以外で経営者が考えるべきこと
社内で着服・横領の事実が発覚したらまずはその被害金額を回収することを真っ先に考えると思いますが、経営者としてはそのほかにも考えるべきことがあります。
ここでは、着服の事実が発覚し証拠がそろった後に取るべき対応について見ていきましょう。
懲戒解雇
着服をした社員をそのまま引き続き雇用したいと思う経営者の方は少ないと思いますので、何かしらの処分を検討していくことになるでしょう。特に、着服・横領で会社のお金に手を出してしまっている社員には辞めてもらいたいと思う場合が多いかと思いますが、着服した社員を解雇することができるのでしょうか。
まず、解雇したい場合は就業規則をチェックします。就業規則の解雇事由や懲戒解雇事由のところに「着服」「横領」や「職務上の非違行為」などといった記載があれば、就業規則に基づいて着服した社員を辞めさせることが可能です。
もし、就業規則に着服や横領についての記載がなかったり、そもそも就業規則自体を整備していなかったりした場合は、懲戒解雇することが難しい場合もあります。その場合は、着服していた期間や被害金額を考慮して普通解雇にすることを検討していくことになるでしょう。
ただし、ここで注意しなければいけないのは、「就業規則に記載があれば確実に懲戒解雇できる」「普通解雇であれば着服した社員を確実に解雇できる」というわけではないということです。
日本には労働者を保護するための規定や判例法理が確立されているため、たとえ着服という不正行為をしていても解雇することは不当解雇だと判断されるリスクがあるのです。普通解雇や懲戒解雇ができるのかどうか、解雇するためにはどのような手続をとらなければならないのか、解雇するために必要な証拠はどのようなものなのか、などは一般的に判断が難しい場合が多いのです。
そのため、着服した社員を解雇したいという場合は、企業法務に精通している弁護士に相談するのがお勧めです。また、着服などの不正行為を行った証拠集めに関しては探偵に依頼するのが確実でしょう。
刑事告訴
着服した社員に対して刑事上の責任を問いたい場合は、警察に対して刑事告訴することもできます。刑事告訴することのメリットは着服・横領された金銭や物品を返還してもらえる可能性が高くなるということです。
着服した金銭の返還をして会社との示談が成立するかどうかで、科される刑事罰の重さが変わってくるため、刑事罰を軽くしたい心理から着服した社員のほうから返還の申し出がされる可能性が高くなります。
また、刑事告訴することによって、ほかの社員に対して会社の対応を示して社内秩序を維持することができるというメリットもあります。着服行為に対して毅然とした態度を取ることで、同じような不正行為を防止することができますし、コンプライアンスの向上が期待できます。
退職金
着服した社員を辞めさせる場合は、退職金をどうするかについても考えていかなければなりません。
多くの会社の就業規則では、懲戒解雇した社員に対しては退職金を支給しないという内容で規定をしていますが、実際の裁判事例では、退職金の全額カットは認められていないことがほとんどです。
退職金には「給料の後払い」的な性質と、「功労報償的」な性質があります。「給料の後払い」的な性質を含んでいるために、たとえ着服したことで懲戒解雇されている社員であったとしても退職金の全額カットは認められないことが多いのです。
退職金については、最大でも7割カットが現実的なところでしょう。ただ、不正行為の状況やそれまでの社員の功績などによっても退職金の支給割合は変わってきますので、こちらも弁護士に相談しながら進めていくのが安心ですね。
社員による着服や横領被害を未然に防ぐためには仕組み作りが大切
ここまでで、社員による着服の事実が発覚した場合の対応や着服された金銭の返還請求のポイントについて見てきました。もちろん、着服の事実が発覚した場合に適切に対処することも大切ですが、着服・横領の不正行為が起きないようにする仕組み作りも同様に重要です。
この章では、着服・横領などの不正行為を起こさせないための予防策について詳しく見ていきましょう。
着服させないための環境を作る
着服・横領が起こってしまう一番の原因は、お金の管理を1人の社員に任せきりにしている、他の社員がお金の状況を把握できていない、ダブルチェックの体制が整っていないなどが挙げられます。
着服・横領の被害を防ぐためには、金銭の管理や経理業務に対してダブルチェック体制、承認制を整備しておくことが効果的です。
また、定期的に企業内調査を実施することも有効です。企業内調査は抜き打ちで専門の調査会社や探偵に依頼して行うのが確実でしょう。定期的に調査されることが社員たちの間で浸透していけば不正行為の抑止力につながります。
身元保証書の作成
着服・横領された金銭の返還請求のポイントについての章でも触れましたが、万が一着服・横領の被害が起きた時に被害を最小限にするうえで身元保証書はとても重要になります。
そのため、身元保証書を作成し、社員と身元保証人の署名捺印をしてもらいましょう。身元保証書は基本的に3年の期限がありますので、そちらも定期的に更新し常に効力を発揮できる状態にしておくことが重要です。
また、身元保証人は誰でもいいわけではなく、支払い能力のある人物を選んでもらうことも重要です。
具体的には定職に就いている65歳以下の人物を選びましょう。身元保証人に関しては署名捺印だけでなく勤務先も記載してもらってください。勤務先がわかっていれば、万が一の時に財産を差し押さえできる可能性が高くなります。
就業規則の見直し
着服した社員を懲戒解雇するためには就業規則に記載があることが必要であることはすでにお伝えしました。そのため、就業規則や雇用契約書に着服行為をした場合に懲戒解雇できる旨を記載してあるかどうか見直しをしておきましょう。
ただし、就業規則に着服行為によって懲戒解雇できることを明記していても、その懲戒解雇が不当解雇とみなされる場合もあります。万が一着服行為が起きた時により確実に解雇するためには、企業法務を専門とする弁護士に事前にリーガルチェックを受けることが大切です。
不正通報できる窓口の設置
着服・横領行為などの不正行為は、管理職など会社内での立場が上の社員が犯す場合も少なくありません。管理職など社内での地位が高い社員が不正行為を行っている場合、部下がその不正行為に気付いても指摘できないケースは非常に多いです。
中小企業などの場合は、上司を敵に回すと自身が出世できなくなったり嫌がらせを受けてしまったりするのではないかと恐れて着服行為を見て見ぬふりしてしまうのです。
着服行為に気が付いていてもそれを指摘できる人がいなければ、時間とともに被害がどんどん大きくなってしまいます。
このような事態を回避するためには、不正を通報できる窓口を設置することが有効です。社内での窓口ではなく社外機関である調査事務所や法律事務所などを通報窓口としておくことで、通報者の情報が守られやすくなるため、不正に気が付いた社員が通報しやすくなります。
まとめ
社員が会社の財産を着服したことが発覚した場合、まずやるべきことは着服の事実確認と証拠の確保です。そのあとに社員や身元保証人の財産を調査していきます。
また、着服の被害が起こった際に迅速かつ適切に対応していくことはもちろん大切ですが、普段から着服などの不正行為を発生させないための仕組み作りも重要になってきます。
着服された金銭の返還請求を行う場合や懲戒解雇を検討している場合は弁護士に、そして返還請求や懲戒解雇を確実に行う上で必要になる証拠収集については探偵に相談しながら進めることによってより確実に解決することができるでしょう。
自社内だけで解決しようとせず、専門家の力をうまく借りながら対応していくことが大切です。