KW「横領」というワードを聞くと、なんだか自分の会社とは縁のないどこかの大企業で起こっている出来事という印象を持つ経営者の方も多いかと思いますが、横領は以外にもどこの会社でも普通に起こりうることです。
それどころか、金額の大小関係なく見てみると、中小企業やベンチャー企業のほうが横領事件は起きやすいとも言われています。
特に、経理担当者、レジ打ちの従業員、営業マン、バスやタクシーの運転手、雇われ店長などの従業員は、日常的にお金に関わったり触れたりする業務をしていますので、横領をしようという悪意や意思があれば、横領をすることは非常に簡単なのです。
では、実際に自分の会社で横領が起こってしまったら、会社としてはどのような対応を取るべきなのでしょうか。横領をした従業員がいる場合、多くの経営者の方は、「クビにしたい」と考えるかと思いますが、法律的に解雇処分が不適切と判断されて無効になる場合もあるため、慎重に検討を進めていかなければなりません。
そこで今回は、従業員の横領が発覚した時に会社として取れる処分についてや、横領行為に対して解雇処分が妥当かどうかを判断する際のポイント、そして実際に懲戒解雇をするときの流れや注意点について見ていきましょう。
従業員の横領が発覚!会社として取れる3つの対応
自社の従業員が横領行為をしているかもしれないという事実を耳にしたら、誰でも怒りやショックを隠し切れなくなってしまうかもしれませんが、まずは冷静になって、会社として取れる対応について考えていく必要があります。
横領した従業員に対しては、以下の3つの対応が考えられます。それぞれ簡単に見ていきましょう。
懲戒解雇
1つ目の対応として懲戒解雇が挙げられます。いわゆる「クビ」ですね。
企業の規定である就業規則に基づいて責任を追及するやり方のことを懲戒処分といい、中でも就業規則に基づいて、懲戒処分として従業員を解雇することを懲戒解雇と言います。
懲戒解雇のほかに「普通解雇」という解雇方法もありますが、普通解雇は能力不足や病気などを理由とする解雇で、懲戒解雇の方が重いと考えておいたほうがいいでしょう。懲戒解雇は普通解雇とは異なり、一種の制裁として行われるものです。
懲戒解雇の特徴として、30日前の解雇予告や解雇予告手当の支払いが不要な場合があったり、退職金が減額や不支給になる場合があったりなど、従業員にとって不利な内容が挙げられます。
横領が発覚した場合は、懲戒処分の中でも最も重い処分とされる懲戒解雇について検討していくことになるでしょう。
損害賠償請求
2つ目の対応として考えられるのが、民事責任を追及する方法である損害賠償請求です。
たとえば従業員が総額1000万円を横領したという事実が明らかな場合には、損害賠償として同額の1000万円を請求することができます。ただし、横領した従業員が一括で全額支払えるとは限りませんし、むしろ横領が発覚するのは事件が発生してから時間が経ってしまってからのほうが多いため、横領したお金を使い切ってしまっていて手元に残っていないケースがほとんどです。
そのため、損害賠償請求をする際は、身元保証人に損害賠償請求できるかどうかや、犯人である従業員に他に財産がないかどうかの調査をすることが必要になってきます。
横領した従業員に対して損害賠償請求を行うことについては、こちらの【従業員による横領が発生!損害賠償請求を確実に行うための対応の手順従業員による横領が発生!損害賠償請求を確実に行うための対応の手順従業員による横領が発生!損害賠償請求を確実に行うための対応の手順従業員による横領が発生!損害賠償請求を確実に行うための対応の手順従業員による横領が発生!損害賠償請求を確実に行うための対応の手順従業員による横領が発生!損害賠償請求を確実に行うための対応の手順】でより詳しく解説していますので、ぜひ参考にしてみてください。
刑事告訴
会社の従業員が横領した場合、刑事告訴をして刑事上の責任を追及する方法も考えられます。
刑事告訴することで、損害賠償請求の成功率が上がったり、刑事告訴するという毅然な対応を社内に知らしめることで再発防止につなげたりなど、様々なメリットもありますが、逮捕・起訴されることで横領事件として広く世の中に知られる可能性が高まるため、刑事告訴するかどうかは、企業として慎重に判断、対応していくことが必要となるでしょう。
横領した従業員を刑事告訴することについては、【従業員の横領で警察に受理してもらい刑事告訴を成功させるポイント従業員の横領で警察に受理してもらい刑事告訴を成功させるポイント】の記事も参考にしてみてください。
このように、横領した従業員に対する対応は大きく分けて3つありますが、今回は、その中でも社内での処分の懲戒解雇についてより詳しく見ていきたいと思います。
横領による解雇が妥当かどうかを判断するポイント
横領行為を行った従業員に大して、懲戒解雇を検討される経営者の方はかなり多いと思いますが、実際には懲戒解雇はそう簡単にできるものではありません。
証拠が不十分だったり、裁判で解雇が認められなかったりした場合、不当解雇として会社が不利になることもあるため、懲戒解雇を決断する際は特に注意を払う必要があるのです。
そこでこの章では、「横領に対しての処分として懲戒解雇が有効であるかどうか」の判断の参考になるようなポイントをまとめてみました。懲戒解雇が無効となり、横領した従業員の復職や多額の解決金の支払いという事態にならないよう、懲戒解雇を決めるときは次の4つの原則に注意しましょう。
平等の原則
平等の原則とは、「同規定に同程度違反した際の処罰については、同一程度・同一種類でなければならない」という原則です。
簡単に言えば、過去に自分の会社で同じような(横領など)事件が起きていたときの処分と明らかに異なる対応としての解雇になっていないかどうか、ということです。
例えば、過去にも横領事件が起きていて、前回の時は数日間の自宅待機で済んでいたのに、今回は懲戒解雇という判断になるとなれば、明らかに平等の原則から外れていますので、解雇の効力がなくなりやすくなります。
罪刑法定主義
罪刑法定主義とは、「ある行為について処罰を下す際、処罰の対象となる行為の内容や処罰の内容などについて、あらかじめ就業規則に記載しておかなければならない」という原則です。
この原則は元々、横領罪などで刑事告訴する際に適応される原則なのですが、損害賠償請求や懲戒処分などの民事手続でも適応になる場合もあります。
そのため、横領を理由に懲戒解雇する場合は、懲戒事由があらかじめ就業規則で規定されている必要があると考えておいたほうが良いでしょう。
適正手続きの原則
適正手続きの原則とは、「処分を下す際は、横領したと思われる従業員に対して弁明の機会を与えるなどして、適正に手続きを進めなければならない」という原則です。
ただ、この原則は絶対的なものではないため、弁明の機会を与える必要がないほど事実関係が明白な場合であれば、弁明の機会を与える必要がないとされる場合もあります。
相当性の原則
相当性の原則とは、「処分を下す際は、該当行為の種類や悪質性、経緯や情状などを考慮した上で判断しなければならない」という原則です。
横領した従業員を解雇する場合、横領した金額や、横領行為を行っていた期間、横領した従業員が置かれていた地位、これまでの勤怠状況や勤務態度、これまで過去に処分を受けたことがあるか、横領によって会社に与えた影響はどれほどか、など、様々な事情を総合的に考慮して解雇するかどうかを決定していかなければならないということです。
横領した従業員を懲戒解雇するときの流れと注意点
横領した従業員を解雇するのが妥当かどうかを判断するポイントを見てきましたが、ここでは、実際に横領した従業員を懲戒解雇とするときの具体的な流れを確認していきます。
それぞれのステップで重要となるポイントも合わせて解説していきますので、ぜひ参考にしてみてください。
最初に十分な証拠を集めておく
社内で横領事件が発生したということを耳にしたら、最初にすべきことは横領についての証拠集めです。
発注書や領収書、契約書や送金伝票など、横領に関係しそうな書類をすべて集めて、徹底した調査を行い、「横領した日時」や「横領した金額」「関係している人物」などについて、詳細を明らかにしていきましょう。このとき、印鑑を偽造していないかや、印鑑を無断で持ち出していないかなども調査してください。
また、横領した日時に、横領したという疑いがある従業員がどのような行動を取っていたのか、誰と会っていて誰と連絡を取っていたのか、についても調べておいてください。
このような証拠集めの調査は、素人ではなかなか手こずってしまってうまくいきませんし、犯人に調査が知られてしまい証拠隠滅を図られてしまう恐れもありますので、できるだけ探偵などのプロに調査を依頼することがお勧めです。
自宅待機命令を出す
横領行為について調査している間、横領を行ったと思われる従業員に対して、自宅待機命令を出しておくことも重要です。
自宅待機命令を出す目的としては、横領の証拠を隠滅されるのを防ぐことと、横領行為の再発を防止すること、そして取引先や他の従業員など横領の関係者との口裏合わせを防止することです。
なお、状況によっては自宅待機命令をしている期間中の給料を払わなければいけない場合もありますので、弁護士に相談しながら対応していくことが大切です。
就業規則の懲戒解雇に関する規定を確認する
続いては、就業規則を確認し、懲戒解雇についての規定を確認します。具体的には、横領行為が「就業規則の懲戒解雇事由のどれにあたるか」の確認と、「懲戒解雇に関する手続がどのように規定されているか」の確認を行います。
もし、あなたの会社で定めている就業規則において、横領行為が懲戒事由のどれにも該当しない場合、懲戒解雇は難しいかもしれませんが、その場合であっても普通解雇ならば可能なケースもあります。
横領した従業員を会社に残しておくのはどうしても嫌だと感じる経営者の方は多いでしょうから、懲戒解雇が難しい場合は普通解雇できないかを検討していきましょう。ただし、懲戒解雇と普通解雇は同じ「解雇」とついていますが、似て非なるものですので、普通解雇をする際も労働問題や企業法務に強い弁護士に相談しながら進めるのが得策です。
本人に事情聴取を行う
横領に関する調査がある程度完了し、証拠が集まってきたら次はいよいよ本人への事情聴取を行っていきます。本人への事情聴取は、逃げてしまって連絡が取れないなどの特別な理由がない限り、必ず行ってください。
事情聴取を行うことで、会社側で勘違いが起きていることが発覚することもありますし、思わぬ動機や関係者が浮かび上がってくることもあります。
事情聴取の手順や注意点としては、
・事情聴取は質問係と記録係の最低2名で行う
・最初は犯人と決めつけずに質問していく
・集めている証拠や資料と食い違うことがあれば詳細に事情を聴いていく
・本人が横領を認めたら横領の日時や金額、手口、関係者を確認する
という順で進めていくのが良いでしょう。
支払い誓約書を書かせる
事情聴取を行い、容疑者である従業員本人が横領行為を認めたら、横領金について、「支払誓約書」を提出させましょう。
支払誓約書は、横領の事実や金額などについて認めたということを示す証拠書類となりますので、従業員に作成してもらうのが重要です。支払い誓約書の形式としては以下の形式を参考にしていただければと思います。
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東京都港区○○
株式会社 ○○
代表取締役 ●● 殿
【支払誓約書】
私は、貴社の金銭を横領した事実について、下記の通り認めます。
令和○年○月○日、不正な経理操作を行い、現金○○万円を横領した。貴社から弁明の機会をいただきましたが、弁明すべきことはありません。
以下の3点について確約いたします。
1 上記金銭について、貴社に返済します。
2 横領金額は上記ですべてであり、ほかに隠している横領は存在しません。
3 私の横領に関連するトラブルが発生した場合は、貴社に協力してトラブル解決に動きます。
令和○年○月○日
住所 東京都港区○○
氏名 田中太郎 印
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懲戒解雇通知書を作成して交付する
懲戒解雇通知書とは、解雇した事実や解雇した理由を証明する書類のことです。横領についての事実を記載した上で本人に交付し、雇用関係を終了することを伝えるという目的があります。
懲戒解雇通知書を作成して、本人に交付することは、雇用関係の終了の事実やその日付を明確にするために重要な手続ですので、解雇する際は必ず作成しましょう。そして、懲戒解雇通知書には、懲戒解雇の理由としての横領の事実を詳細に記載します。「いつ」、「いくらを」、「どのような手口で」横領したのかということを記載することがベストです。そして、懲戒解雇通知書を作成した後は、本人に交付しなければなりません。
交付の方法としては、本人に手渡しして受領印をもらうか、本人に内容証明郵便で郵送するという方法が考えられるでしょう。もし、横領した本人が行方不明の場合は、裁判所で「公示送達」の手続をとるという方法もあり得ます。
なお、内容証明郵便で郵送する場合は、本人が受け取りを拒否する可能性もありますので、必ず普通郵便でも郵送しておくといいでしょう。
横領であっても懲戒解雇が認められない場合もある
ここまで、横領した従業員を懲戒解雇する手順や注意点についてご説明してきましたが、横領行為を証明できる場合であっても懲戒解雇が認められない場合もあるということは頭に入れておくべきでしょう。
懲戒解雇はご存知の通り、懲戒処分の中でもっとも厳しい処分です。懲戒解雇されれば、従業員は仕事を失うだけでなく、転職や再就職が困難になります。そのため、従業員から不服申し立ての裁判を起こされ、裁判所が懲戒解の要件を満たしていないと判断すれば懲戒解雇が無効になる可能性もありえるのです。
懲戒解雇が無効となれば、解雇できなくなるだけでなく、解雇期間の給料未払い分を支払う必要も出てきます。
懲戒解雇が妥当かどうかの判断は、上記でも触れていますが、素人ではかなり判断が難しくなっています。経営者など雇う側の人間からしてみれば、解雇が妥当だと言える場合でも、法律は労働者を守るように作られていますので、解雇の妥当性を判断するのは非常に困難なのです。
より確実に横領した犯人を解雇するためには、プロに確実な証拠を押さえてもらうだけでなく、法律の専門家に解雇の妥当性を確認しておくことが大切でしょう。
まとめ
社内で横領事件が起こったとなれば、誰でも「会社を辞めてもらいたい」と考えるでしょう。
しかし、日本の法律は労働者を守るように作られているため、横領の証拠が不十分であったり、妥当性に欠けていたりすれば、懲戒解雇は無効とされてしまうこともしばしばです。
横領した従業員に対して、適切な処分をしていくためには、しっかりとプロに調査を依頼して横領行為の証拠を集めてもらい、裁判になっても戦えるだけの根拠を揃えておくことが大切と言えるでしょう。